8 再会の契り※

 宵娯と侑惺の父親を含めた研究員のほとんどが、罪を償うために逮捕された。「櫻人」という証拠も何もない存在を証明するために。研究という名目で何人もの人々を拐って、時には殺めるというその事件は大々的に取り上げられ、世間を騒がせた。

 影綱の計らいで親子と知られていない宵娯はともかく、侑惺は行く先々で報道陣に囲まれ、心身ともに疲れきっているようだ。可能な限り共にいて、そこから逃げる手助けをしていた宵娯に対し、ある時侑惺は唐突に言った。

「俺、引っ越すことになった」

「え?」

「この騒動が収まるまでって親は言ってるけど、戻って来ないかもしれない」

 そんな、とか、行かないでくれとすがりたい気持ちをぐっと抑えて、無理矢理に表情を取り繕うと、そうかとだけ返した。

 そんな宵娯を見て、侑惺は悲しみとも怒りともつかない顔で睨んでくる。

「それだけかよ。もっと他にないのか」

「それだけって……」

「何だよ、宵娯は寂しくないのかよ。俺は嫌だ。目を離した隙にふらふらいろんな奴と関係を持ちそうで。いっそ俺がいなくなって清々するんだろ。俺のせいで我慢し続けて溜まっているもんな」

 独占欲をむき出しにしているとも取れる検討違いな怒りに一瞬驚いたが、それに煽られるように、怒鳴り返した。

「ふざけるな。平気なわけがないだろう。お前こそ、散々俺を振り回して何を今さら。お前の方こそ、嫌な男から離れられて清々しているんだろう」

「俺は宵娯が嫌いだったんじゃない。ただトラウマがあったせいで躊躇っただけだ。何を気にしているのか知らないが、お得意の手練手管で強引に奪ってしまえばいいんだ」

「侑惺、それって……」

 ぽかんとして問いかけようとすると、はっと我に返ったようで、侑惺はばっと顔を逸らした。心なしか耳が赤い。

「気にはなっていたんだ。自分で振っておきながら、なんか他のやつと仲良く肩組んだりしているのを見るとイライラするし。なんだよ、俺のこと好きとか言っておきながらとか思って」

 ふと思い出したのは、嵐のような天候の日に、烏山にふざけて体を寄せた時、侑惺が怒ったような顔をしていたことだ。あれはそういうことだったのか。

「でも、俺が好きになったとしても、体の関係を持てなければ愛想をつかされるに決まっているだろう。だからこんな時になってようやく決心がついたんだ」

 侑惺が顔を向けるのを待って、その瞳を覗き込みながらきっぱりと告げる。

「別れの代わりにそんなことはしたくない。トラウマも俺の親のせいなんだし、いっそ友人のまま離れた方が」

 皆まで言わせずに、侑惺は宵娯の口を塞いだ。何度も夢見た侑惺からのキスはすぐに離れたが、開いた口が塞がらない。

「別れの代わりじゃない。再会の約束の代わりだ。会うまでに勝手に死んだら許さないからな」

 言うなり、人目も憚らず唇を重ねてくる。いつか宵娯がしたように、周りを挑発するように見せつけているようだ。ただしあの時は侑惺に見せつけて挑発したのだったが。

「侑惺、やめろ、こんなところで」

 自然と呼吸が乱れてしまいながら、侑惺を引き離そうとすると、同じように肩で息をしながらいっそう強くかじりつかれた。

 周りに目を向けると、帰宅途中の生徒たちの注目を浴びていた。どこかから囃し立てる声もする。侑惺は見られて構わないとでもいうように、どうやっても離れようとしない。いっそ宵娯も開き直ればいいのだろうが、侑惺とのことを見せつけたいとはどうしても思えない。

「ああ、もう!」

 早くも兆し始めた自身を叱咤し、声を張り上げて侑惺を抱き上げた。驚きながらもされるがままになっている侑惺の重みを噛みしめながら、野次馬を掻き分けて帰路に着く。

「てっきり学校に戻るかと思った」

 大人しく運ばれながら、下ろしてもらおうともせずに聞いてくる侑惺を見下ろし、宵娯はきっぱりと返す。

「学校では誰に見られるか分からない。今日はうちは誰もいないはずだから、急いで帰ろう」

 自分からその選択をしたのだが、侑惺がいつになく強引に体を寄せてくるので、帰宅途中はずっとあらぬ妄想で沸き起こる熱を鎮めるのに苦労した。

 

「ん、んぅ……」

 家にたどり着くなり、靴を脱ぐのももどかしく劣情をぶつけ合うような濃い口付けを交わしていく。

 荒々しく体をまさぐりながら、すっかり立ち上がった屹立を取り出して撫で擦ると、侑惺は眉間にしわを寄せて官能にまみれた溜め息をついた。たまらなくなって侑惺を抱え上げると、そのまま宵娯の部屋に連れていく。

 部屋に入ると、万一義母が帰ってきてもいいようにちゃっかり鍵をかけ、侑惺をベッドの上に下ろした。そして侑惺を組み敷いて、口付けを唇から徐々に首筋から胸元に下ろしていきながら、丁寧に服を脱がし、愛撫を加えていくと、待って、と息を切らしながら止められる。

「侑惺……?」

 怪訝に思って顔を上げると、侑惺は少し青い顔をしていた。やはり無理をしているのだろうか。ここは自分の欲情など取るに足らないものは放っておいて、侑惺の体を労った方がいいかもしれないと思っていると、

「もう大丈夫だから、続けて」

 宵娯の背に手を回して、すがりつくように促される。

「侑惺」

 本当に大丈夫なのか、と尋ねようとしたが、侑惺の手が伸びて宵娯の手首を掴み、導かれるように胸元に手を当てると、彼の心音がいくらか速く感じられた。さらに腰を擦り付けられて、はっきりと欲望を主張し出しているのを認めると、躊躇いが霧散した。

 侑惺の屹立を上下に擦りながら、露になった胸元に顔を埋めて硬く隆起したものを舌で転がす。侑惺の掠れた喘ぎ声に煽られながら、丹念に舐めしゃぶったりこねくり回したりしていると、鈴口から蜜がこぼれ出した。それを口の中に入れたい衝動に呑まれて、体をずらして舌を伸ばすと、微かにしょっぱいような味がした。

「やっ、しょう……待っ」

 今度は制止の声を無視して、口の中に雄を含んだ。途端に、ペニスが口の中で膨らみ、まだ入れただけで何もしていないのにだらだらと雫を滴らせる。

「やっ、だめ、だめ」

 必死で抗おうとする侑惺を宥め、巧みな愛撫であやし続けると、ついに耐えられなくなったのか、精液が口の中で弾けた。

 くたりと力が抜けた侑惺は、半ば呆けたように宵娯の口元を見つめる。そして宵娯が再び顔を股の間に埋めると、びくりと身を強張らせた。

 上目遣いに侑惺の顔を見つめながら、そそり立つ雄をやわやわと揉みしだき、両足を抱えあげると、さっと頬を赤らめる。そこにはすでに顔色の悪さや恐れは微塵もなく、熱で上気するばかりだ。それに安堵しながら、両足を抱えたまま奥の窄まりに顔を近付けると、何の躊躇いもなく舐めあげた。

「ひっ……やめ……」

 口では嫌がる素振りをしながらも、宵娯が何のためにそうするのか察したのか本気で振り払ったりはしない。唾液と精液で十分に解れるまで丁寧に舐め、中にまで舌を差し込んだ時には、流石に抵抗しようとしたのだが、強引に続ける。すると、前髪に擦り付けられていたペニスから新たな雫が零れ落ちるところからすると、本気で嫌なわけではなく単に恥ずかしいのだろう。

 舌をようやく離して、指でも拡げようとしたのだが、侑惺はそれを止めた。

「もういい、入れて」

 誘われるままに、焦がれるた侑惺の中へ身を沈めていく。初めはぎちぎちときつかったが、キスをして力を抜くように促すと、次第に宵娯を受け入れて中が綻んでくる。

「動くぞ」

 侑惺が頷くと同時に律動を始めると、温かい侑惺の体内に抱かれているような心地で、これまでになく限界が来るのはあっという間だった。

 その時にコンドームをつけ忘れたことに思い当たったが、中に出してと予想外のことをねだられて、驚いているうちに本当に放ってしまった。

 余韻に浸って身を寄せ合っていると、不意にすすり泣く声が聞こえてきた。侑惺の涙が宵娯の裸の胸に零れ落ち、後から後から流れてくるのを見て、きつく抱き締めた。

「必ずまた生きて会おう」

 と涙声で言われて、宵娯は、いや、と首を降り、

「たとえこの命尽きようとも、必ずお前に会いに行く。だからもう泣くな」

 すると、侑惺が身を起こして泣き笑いを浮かべた。

 差し込んだ橙色の夕陽に照らされて、息を飲むほど美しいその顔を忘れまいと胸に刻んだ。


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