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  何も告げずに、一人でランドブールに向かおうとしたレイドールだったが、あの男と残る二人は当然のようについてきた。

 エドウィンは乗りかかった船だ、どんな結果になろうと最後まで見届けると言って、行き先は察しているようで車に強引に乗せられた。

 ルエルは何も言わなかったが、今から何をしに行くのかこちらも察しているのだろう。ただ一つレイドールの肩を叩いた。

 そして、あの男はというと、ほんの少し寂しそうに微笑みながら、

「到着するまでに、俺のことを話しておきたいんだが、聞いてくれるか?」

 と言ってレイドールの顔を窺うように見た。

 それに対して頷いてみせると、彼はほっとしたように息をついて、車に乗ると同時に話し出した。

「俺は、いや、俺たちは名前を持たない存在だ。人は俺たちを総じてこう呼ぶ。罪人コレクターと」

「罪人コレクター……。じゃあ、あの烏も」

「ああ、俺たちの連絡手段だ。烏を伝書鳩代わりに使っている。電話で連絡を取る場合もあるが、俺たちの仕事は外に漏れないようにしなければならないために、足がつかないようにあまり電話は使わないんだ」

 レイドールが頷くと、本題はここからなんだが、と前置きをして、彼は続けた。

「俺は罪人コレクターとして牢に捕らえられたお前と会った。お前は兄を喪った悲しみに溺れながらも、俺にいろいろと話してくれた。だが、兄との楽しかった思い出よりも、憎しみに囚われているようだった。そのせいで罪もない人間を手にかけていたのだが、お前にはそれに対する罪の意識がまるでなかった。俺は、傷ついた獣のように荒れるお前を見て、どうにかできないかと思った。本当なら、罪人コレクターは罪人に深入りしてはならない。買い手に売り渡すだけだからな。俺が悩んでいた時、お前がふいに言ったんだ」

「言ってなかったけど、初めて見た時にマンホークかと思った。本当は生きていたのかと一瞬錯覚したけど、紹介されてすぐに違うと分かった。がっかりしたけど、まるでマンホークが生きているような気持ちで接していたせいか、ついついなんでも話してしまった」

 蘇ってきた記憶を手繰り寄せながら言うと、マンホークは微笑みながら頷いた。

「思い出したみたいだな。お前がそう言ったから、俺はお前を騙すことになるが、お前に催眠術をかけて、俺を兄だと思い込ませることにした。俺の唯一の特技は催眠術だからな」

「そうだったのか」

「俺は罪人コレクターとしては失格だったから、辞めてお前と生きていこうと決めた。だが、真実を知ればお前は俺を恨むだろうし、俺は所詮本当の兄ではないから、いつかはお前が再び憎しみに溺れる日が来ると分かっていた。分かっていたんだが、その日が来ないように願っていた。その願いも叶わなかったようだが」

 そう言って力なく笑う彼は、気のせいか泣いているように見えた。それを見て、増長し続けていた怒りが急速に萎んでいくのを感じた。

 今更こんなことをして何になるというのだろう。こんなことをしたところで、兄は帰って来ない。分かっているのに、もう止められない。止められないのか?本当に?

 自問自答を繰り返しているうちに、目的地に辿り着いたらしかった。

 車から降り、村に足を踏み入れると、憎たらしいほどに平穏な人々の暮らしがそこにあった。人の悲鳴も聞こえない。何かを燃やした跡もない。レイドールとマンホーク、そして他の双子たちがいなくなったことで、本当に災厄を免れ、幸せいっぱいだと言わんばかりに。

 怒りよりも茫然とし、膝から崩れ落ちそうなほどの虚脱感に襲われ、ふっと自分を見失いかけた時だった。

 突然、どこからか悲鳴が聞こえた気がして、はっと顔を上げる。すると、レイドールと同じように残る三人も気が付いたようで、揃って顔を見合わせた。

「行こう」

 誰が先にそう言ったのか分からないが、その言葉に押されるようにして、皆一斉に悲鳴の出処を目指して駆け出した。

 近づくにつれ、何かが焦げ付くような臭いが鼻をつき、大勢の人々が祭りか何かのように、声を合わせて「殺せ、殺せ」と叫んでいるのが聞こえた。

 そして、唐突に拓けた空間に出た途端に広がった地獄絵図は、まるであの日の再現のようだった。十字に吊るし上げられた二人の子ども、それを取り囲む火の海、さらにその周りを囲む村人たち。

 まだ、こんなことが。

 悪魔のような人々を見て、考えるより先に体が動いた。人々を押しのけて前進しようとするも、なかなか前に進めないことに焦れ、ホルスターに入れていた銃を取り出して叫んだ。

「道を開けろ!開けないと銃で打つぞ」

 人々が驚き、逃げまどおうとした時、レイドールがその波に押されるかたちで火の方向に向っていき。

「レイドール!」

 悲鳴じみた絶叫があの男の口から飛び出したかと思った時には、火の中に体が飲み込まれていた。事故のようなものだが、元々そのつもりだったので、火の中にいた子どもを引きずり出そうと、縛り付ける縄を解こうと悪戦苦闘する。

 ようやく縄が解け、子どもを救い出した時、火の中で死んだはずの兄の幻影を見た気がした。

「レイドール……」

 確かにはっきりとその声を耳にして、思わず手を伸ばす。

「マンホーク!」

 灼熱の炎の熱さを一瞬忘れ、兄の幻影を追いかけようとするも叶わず、手は宙を掻いた。それと同時に、背後から誰かに体を掴まれ、火の中から外に引っ張り出された。

 外の空気に触れた途端に咳き込み、誰かが水を浴びせてきた時も、一瞬たりとも火の中から目を逸らさなかったが、そこに兄の姿は欠片も残っていなかった。

「レイドール……」

 男に抱き寄せられながら、うわ言のように何度も呟く。

「マンホークがいたんだ、マンホークが火の中に。助けないと、助けないと……」

 男はレイドールを抱き締め、それに応えるように、何度も何度も「ああ、そうだな」と繰り返した。

  しばらくそうしているうちに徐々に正気を取り戻したレイドールは、押し寄せる絶望のまま絶叫し、慟哭した。

 

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