倒錯する世界

      

 

 殺しをしている自分が、最も自分らしく、「まとも」だと思う。誰にも理解されなくとも構わない。いつか悪魔に食い殺されようとも、これこそが生き甲斐なのだ。

 深夜一時。善良な市民が今夜も数名街から消えた。

 中には財界の有名人や、裏社会を牛耳るような人間も含まれていたが、あの男は全て自分に仇なす存在だからの一言で説明を済ませる。

 どういうからくりかは知らないが、恐らく警察を黙らせる方法を熟知しているのだろう。いくつも仕事をこなしだが、未だに警察に追われる気配はなかった。

  無差別に見えて、その実、何かしら法則性があり、理知的な殺ししかしていない。そう思うのはあの男の手腕を認めているからだろうか。

 もしルエルが主犯になったら、無差別な虐殺を繰り返すに違いない。そうしたら確実に檻の中に逆戻りだろう。その意味でも、あの男はいいストッパーになっていた。

 尤も、あの男の反対の顔には未だに苛立ちを覚えずにいられないために、目まぐるしく裏表が変わる男に意図せぬままに振り回されている。

 血生臭い一軒家の中で、そのことを苦々しく感じていると、静寂を破るようにバイブが鳴った。

 取り出して操作しているうちに、画面に赤いシミがついてしまったので拭う。赤い携帯を選んだのは単純に気に入ったからだったが、こういう時はこれを選んで正解だったと思う。

 

「仕事は終わった。他に仕事は何かあるか?……そうか。じゃあ、今夜はこれで」

 仕事の終わりを知らされて、そのまま通話を終わらせようとした時、電話越しにエドウィンが笑う気配がした。

「なんだ」

 怪訝に思いつつ尋ねると、エドウィンは笑い声のまま言った。

「いやあ、大事なルエルちゃんが、まさか俺の下で働かされているなんて、あいつは知らないだろうなと」

「それが?」

「文字通り自分の半身だが、哀れに思えてきてな」

「そう言いながら楽しそうだな」

「あんたこそ、何だかんだ言って楽しんでいるだろう。元々俺の計画では、もっと殺しに向いているやつを雇うつもりだったんだが、意外とあんたでも適任だったな。あんたも変な奴だな。裏表、どっちの俺を知っても気味悪がらない奴は、屋敷の人間を除いてあんただけだ」

「………」

 いつもルエルと同じように殺しを楽しんでいて、冷徹に指図する裏エドウィンが、この時ばかりは珍しく声音を和らげたように感じた。それをむず痒いような、気持ち悪いような心地で聞き流していると、さらに続けられた。

「もしあいつから逃げたくなったら、遠慮なく俺に言え。あいつの人格を封印して、俺が乗っ取ってやるよ。そうすれば、あんたの好きな仕事を死ぬまでさせてやれる。あんたの腕は買っているんだからな」

 人格を封印。そんなことが本当にできるのだろうか。それも、恐らく元々の人格は向こうの方だと思うのだが。

 しかしそれが可能であれば、金輪際あの苛立ちとは無縁の、揺るぎない精神で「まとも」な自分でいられる。

その欲求に手を伸ばしかけて、エドウィンの言葉に遮られた。

「たぶん、あいつだけじゃなくて、俺たちから逃げたくなるんだろうけどな」

  意味を問う前に、哄笑を響かせながら切られた。

 

 

 

突き刺さる愛情