ローランド家の悲劇

 

 とある国の、とある街で、ローランド家を知らない者はいなかった。街のどこよりも大きな邸宅は当然ながら人々の好奇の的だったが、そこの主人が天才的な手腕であらゆる業界で功績を収め、一代で莫大な財を成した大金持ちとなったことで有名だったのだ。

 誰もがローランド家を羨み、妬んだものだが、その一家に長男が産まれた時から、奇妙にも主人は体調を崩しがちになり、仕事で失敗することが増え、次第に経営が傾いていった。

それでも見栄だけは張り続けたため、彼の仕事に関わらない住民は全くそれを知らないまま、変わらずに一家を羨んでいた。

 そして、長男のルエルの美貌に目を止めた乙女たちは、将来を期待し、彼の妻となれることを夢見ていた。しかし、その乙女たちが本当にルエルを想っていたかどうかは怪しく、どちらかと言えば彼の妻という座、そして金持ちになるということを目的としていたのだろうが。

 一方で、当の本人のルエルの方はと言えば、大人しく、虫をも殺せないほど優しかった。そのために、娘たちのそんな思惑にも気付かなかった。両親もそれを気にして、きちんと成人するまでは娘たちの欲望の的に晒されないように気を付けていた。

 緩やかに衰退していくローランド家を、将来この子が立て直してくれるだろうと主人はベッドに臥せりながら期待していたのだが、ルエルが十代の半ばを超えた頃から、事態は思わぬ展開に転がっていく。

 春の陽気が心地いいある日のことだった。

 その時、屋敷の執事は古株の一人だけになっていたのだが、執事が屋敷を見回っていると、裏庭で異臭がしていることに気が付いた。そこで、臭いの原因を探るべく、庭をくまなく調べまわっていると、土が不自然に盛り上がっているところを発見する。

 執事は主人や奥方に許可を取り、そこをスコップで掘り起こしたのだが。

「ひいっ」

 執事は出てきたものを見ると、悲鳴を上げて後退り、そのまま土に足を取られて尻もちをついてしまう。

 異臭の原因は、動物の死体だったのだ。それも一匹や二匹ではない。夥しい数の、鳥や野うさぎ、リスや子犬まで混じっている。その上、明らかに不自然な死に方で、何者かに殺されたような血痕があり、首や足があり得ない方向に捻じ曲がっていた。

 執事は腰を抜かしながらも、大慌てで主人に報告し、動物たちの死体はどうにかこうにか処分したのだが、それは始まりに過ぎなかった。

 その日以来、日を置かずして毎日のように動物の死体が転がるようになったのだ。それも、次第に隠す気がなくなったのか、堂々と玄関先にまで置かれるようになった。

 何かこの屋敷に恨みがある輩の仕業かもしれないと、執事は犯人を突き止めようと目を光らせるのだが、一向に犯人の尻尾を掴めない。

 そんな折、嫌がらせの犯人を捕まえるために警察に訴えることを主人に進言した晩のことだった。その日は、赤い月が昇っていた。執事が戸締りをしっかりと確認し、窓という窓を閉めて回っている最中のこと。

 突然に、屋敷中に甲高い悲鳴が響き渡った。

今現在、この屋敷に女性は一人しかいない。奥方の身に一体何が。

 執事は胸騒ぎを覚えながら走り、悲鳴が聞こえた方の部屋をくまなく探す。早くしなければ何かが手遅れになってしまうという予感があるにも関わらず、なかなかその悲鳴の出所に行き着けない。

 広々としているとは言っても、十分に知り尽くしているはずの屋敷が、まるで見知らぬ場所であるように迷宮と化し、執事を惑わせて嘲笑っている。

 自らの乱れた呼吸すら別の生き物のように思えてきた時だった。唐突にその部屋の扉がぬっと現れ、風が吹き込んできたのか、ひとりでに開いていく。そこは主人の寝室だった。眠る時は必ず鍵を閉めていたはずだ。

 奇妙に思い、更に膨らむ嫌な予感に後押しされるようにして、そろりそろりと扉に近付いた。

「旦那様?」

 囁きながらそっと部屋を覗き込むと、月明かりに照らされて人影がぽつんと立ち尽くしているのが見えた。姿かたちですぐにルエルだと分かったのだが、どうにも様子がおかしい。

 そして、彼の手から滴っている黒い液体は何なのだ。

「ルエルぼっちゃ……」

 意を決して呼びかけながら、部屋に足を踏み入れた途端、何か滑り気を帯びたものを踏んだことに気が付いた。見下ろすと、もはや原型を留めていない肉片が。

「ひいっ」

 咄嗟に声を上げて飛び退いたが、同時に部屋中至るところに転がる肉片や血溜りに目が止まり、もはや言葉を失くして青ざめる。

 ルエルはその時になってようやく執事に気が付いたのか、ゆったりと振り向くと、狂気に満ちた笑みを浮かべた。

 彼が手にしていた凶器が眼前に迫る瞬間、まさに死の間際に執事が目にしたのは、もはや別人に成り果てたルエルの、血のように美しく染まる双眸だった。

 

 

 

ルエル・ローランド