間の抜けたクリスマスソングが軽快に鳴り響く中、瑠璃矢は先を急いでいた。行き先は、あの男の元だ。

 クリスマスに休暇を取りたがる同僚が多いのは例年どおりで、瑠璃矢は当然その競争に乗るつもりはなかった。なかったのだが、当日の朝に叩き起こされた電話で、どうしても今夜は空けておくことを約束され、返事をする前にそれは決定事項になった。

 付き合いが長くなればなるほど扱いがぞんざいになっている。まるで長年の友人か家族のように。それは不快以外の何ものでもないはずだが、ろくなことを考えなくてすむことを考えればありがたくも思う。

 何も急ぐ必要はない。強引に決められたことなのだから、むしろゆっくり言ってもいいくらいだ。そう思いながらも律儀な性格が仇を成し、結局は早足になっていた時だった。 

 大通りを抜けて住宅街に差し掛かったところで、ふいに見知った人物とすれ違った気がして、足を止める。振り返ると、クリスマスにありがちな一組の男女が腕を組んで歩いているというありふれた光景があった。 

 一見すると、何もおかしなところはない。しかし、問題はその片方の男にあった。後ろからでははっきりと分からないのだが、明らかにあれは。

 嫌な予感と、足元から這い上がる真っ赤な熱が吹き上げるのを感じた。それが自分の怒りだと悟った時、瑠璃矢は迷いなくスマホを取り出していた。電話をかける先は、もちろん。 

「もしもし、麗美か。今、誰と一緒にいる」

 電話の向こうの怪訝そうな反応。それから、返ってくる答えを聞いて、瑠璃矢はぎりっと奥歯を噛みしめた。血が上った頭で、咄嗟に見たことを話そうとする。ところが、口から飛び出したのはそれを飛び越えたものだった。

「麗美、そいつと別れろ。今すぐにだ」

 電話越しに、麗美が息を呑む気配がする。困惑気味に、どうしてと呟かれて、話そうとしたのだが。 

「何を見たかは聞かない。たとえどんな理由があろうと、別れるつもりはないよ。……そう、もし他に女がいたとしてもね」

 その言葉を耳にして、怒りはどこかに消え去り、さっと冷水を浴びせられたような感覚がした。瞬時に全てを悟った瑠璃矢は、震える唇で言いかけた言葉を呑み込んだ。 

 自分の方が幸せにできるといった言葉など、決して「弟」である瑠璃矢が口にできない禁句だ。黙ってスマホを切り、全身から力が抜けていくのを感じた。その場に座り込んでしまいたかった。 

 叶わない恋だということは、誰に言われるまでもなく成長と共に理解した。それならばいっそ、せめて誰よりも幸せになってほしいと思っていた。そのためならば、多少の胸の痛みなど、目を逸らし、抑え込めばいいのだと。

「……っ」 

 それなのに、麗美は決して幸せにしてくれない男を選んで、添い遂げる覚悟を決めている。それほど魅力がある男なのかどうかも怪しい。麗美が都合のいい女に成り下がるかもしれないのにも関わらず。 

 泣けばいいのか、笑いだせばいいのか分からなかった。噛みしめた唇から鉄の味がして、ひらりと舞い降りた白い雪が染みた。

 

 

4へ