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 新年を迎えて早々に、麗美は親戚が集まった中で宣言した。桜が咲く頃に結婚をすると。こういったことに詳しいわけではないが、相手の男を連れて来ずに一人で報告する様は、一種の異様さもあり、またそこに麗美の覚悟の強さを垣間見た。

 日々は駆け足で過ぎ去り、いよいよ麗美の結婚式を明日に控えるという時。瑠璃矢は麻薬中毒者が麻薬に溺れるように、あるいは、それがなければ正常を保てない者のように、嗣仁の元にいた。

 やることは決まっている。初めは他人事のように行為に及んでいたのだが、今では本当に自分が望んでやっているような錯覚さえ覚えている。そこに愛など存在しないと知りながら、やらなければ自分を保てないところまできていた。

 事後の気怠い空気の中で、嗣仁は思い出したように言ってくる。

「そういえば、明日はお姉さんの結婚式なんだってな」

 それを言われた途端、瑠璃矢は反射的に体が強張るのを認めた。今体は繋いでいないが、嗣仁に腰を抱かれたままなので、その強張りは容易に伝わったに違いない。

 しかし、動揺が見抜かれることよりも、生ぬるい風が素肌を舐める感覚が恐ろしかった。男の腕はいっそ優しいほどに自分を抱き締めているというのに、まるで喉元を絞められているような。 

 そもそもどんなに落ち込もうと、我を失おうと、瑠璃矢の口からその内容を漏らした覚えがない。

 瑠璃矢が黙っているのを肯定と受け取ったのか、嗣仁は喉の奥で歪な音を漏らしながら続けた。 

「いくらなんでも、実の姉の写真で埋め尽くされたスマホを持ち歩く男なんて、俺も初めて会ったよ。お前がヘテロだというのは初めから分かっていたが、その相手がまさかお姉さんだなんてね」

「見たのか」

 自分の声が震えてしまうのを感じながら、顔を上げて嗣仁の方を見ようとしたが、強引に腕の中に抱き込まれて叶わなかった。聞こえるのは、恐怖を煽る笑い声だけだ。

「見たさ。偶然かどうかは言う必要ないだろうけどな。結婚式にも出ないつもりだったんだろう。俺も同性愛者のせいで散々周りから言われてきたが、瑠璃矢はその上を行くんだな。笑える。それで?俺はその歪んだ愛情を隠すために利用しましたってか」

「………そうだ…ぐっっ」

 肯定すると、鳩尾に嗣仁の拳が沈んだ。痛みと吐き気に襲われると、ぐるりと視界が回って嗣仁の顔が真上から見下ろしてきた。その顔に浮かんでいたのは、怒りか哀しみか。ただ瞳はどこまでも冷えていた。 

「ふざけんなよ。んでだよ、俺はこんなに……っ」

最後まで紡がれることはなく、その唇は瑠璃矢のそれを塞ぎ、そのまま喉元を絞められた。

喉を圧迫され、薄れゆく意識。直前まであった恐怖は不思議となくなり、ただ静かに最期の瞬間まで相手の顔を目に焼き付ける。

絞められているのは自分の方だというのに、伸し掛かる男は恐怖と哀しみに溺れて、今にも窒息しそうに見えた。

 窓の外では雨が激しく降りしきり、そのせいか水の中にいるような錯覚がした。心中を図っているかのごとく。

 いや、きっとこの男は本当に後を追うのだろう。ついてくるなと言ったところで、聞く耳など持たない。結局、どんなに体を重ねても最期まで気持ちを通わせられなかった。所詮、不毛な恋の末路などこんなものだ。

 ただ一つ、心残りがあるとすれば。 

 急速に力を失くしていきながら、水の中に沈んでいくのに身を任せた。

 

 

fin