「か、みべさん……っ、俺、もうむり……っ」
一晩中喘ぎ続けて掠れてしまった声で、いけちゃんは俺に縋《すが》りつく。俺はいけちゃんに、極上の笑みと熱い口づけを届けながら、優しく囁いた。
「いいよ。俺もそろそろ限界だから、一緒にいこう」
目に涙を溜めて頷くいけちゃんにもう一度キスをして、俺は腰を動かすスピードを速めた。
まだまだ恋人との熱い夜は始まったばかり。そのはずだった。
いけちゃんを抱き締めたまま、気を失うように眠りに就いた俺は、奇妙な浮遊感を味わった。
そして、目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。隣にいたはずのいけちゃんの姿も、もちろんない。
俺は慌てて起き上がり、改めてじっくりと部屋の中を見渡す。いけちゃんやふーとを含め、他の知人の家でもなかった。
「俺、夢でも見てるのかな」
ぽつりと呟いた自分の声が、静寂に包まれた室内に冷たく響く。その声が聞き慣れた自分の声ではなかったために、背筋が寒くなるような感覚を覚えて、無意識に両腕を摩った。
状況を整理しようにも、何一つ現状が把握できない。俺は混乱しながらも、ふらりと立ち上がって洗面所らしき場所へ向かう。
ところが、さらに気味の悪いことに、普通は洗面所や浴室にあるはずの鏡が一枚もなかった。敢えて外したというよりも、初めから存在しないような有様で、白い壁が広がるばかりだ。
俺はそこから逃げるように出て、もう一度寝ていた場所へ戻る。
見たところ一人暮らしのアパートのようだが、えらく古い造りをしていて、一面に張られた畳は祖父母の家のように年季が入っていた。
半ば放心状態になりながら、何気なくポケットを弄《まさぐ》ると、自分のとは違うスマートフォンが出てくる。どこからどう見ても見慣れた現代のスマートフォンだ。それがこの部屋の状態とずれていて、ますます言い知れぬ恐怖を覚えた。
俺は自分ではない自分の声を聞くのも嫌で、黙り込んだままスマートフォンを操作する。
暗証番号がないと開かない。試しに、今まで通り自分の番号を入力する。
呆気なく開いた。
充電を確認する。あと20%しかない。
俺はネットを開いて、とある九州男児を検索する。
ヒットしない。
ツイッターでもヒットしない。
自分の名前、いけちゃんの名前、ふーとの名前を検索する。ヒットしない。
充電を見ると残り僅かになっていたので、せめて記録を撮ろうと、カメラモードにして自分に向ける。
無事に一枚撮り、そこに写った自分の姿を見ようとしたところで、世界が回った。
気が付くと、俺はいけちゃんを抱き締めたまま、ベッドの上で仰向けに横たわっていた。
「なんだ。夢か」
妙に生々しい夢だったな、と思いながら、俺は自分のスマートフォンに手を伸ばす。そこに残っていた記録に、俺は叫び声を上げかけた。
見知らぬ男の写真と、検索履歴がはっきりと残っていたのだ。
END
next……温泉旅行にて。イラスト